ドラマーの局所性ジストニアとその原因。その先のキャリアについて事例を見ながら考えてみる。
ドラマーの皆さんは、演奏面のことで悩むことも多いですよね。バンドアンサンブルの要として、人一倍に責任感を感じているのではないでしょうか。
そんなあなたは、健康面の心配をしていますか?あなたが故障して叩けなくなったら?特に真面目な人の多くが、自分の体を労ることよりも、訓練を優先させてしまいます。
プレッシャー下での過酷な訓練は、体を壊すだけでなく、精神面での故障を抱えてしまうことがあります。その一つが「局所性ジストニア」です。
テーマ
今回は、「局所性ジストニア」とはどんなものなのか。また、その症状を発症したドラマーはどうしたのか。を見ていきたいと思います。
この記事では、ジストニアを発症した音楽家の実例を挙げながら、私たちが同じ境遇に立った時のこと(音楽家としての人生のこと、そして今やるべきこと)を考えます。
局所性ジストニアとは
※私はジストニアの専門家ではありません。正しい知見は各引用元や学術論文を参照してください。
まず広義での「ジストニア」とは、筋肉の緊張の異常によって様々な不随意運動や姿勢の異常が生じる精神疾患です。
筋緊張を調整している大脳基底核の働きの異常によるもの。つまり脳の病気と考えられています。(原因や治療法ははっきりしていません)
局所性ジストニアは音楽家に多く見られるが、一定期間内に指を繰り返し動かすことが原因と考えられる。
発症の引き金になる大きな要因は、正確な運動を反復して行うことと精神的なストレスや性格の二つである。
古屋晋一『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』株式会社春秋社、2012年1月20日、121-130頁。ISBN 9784393935637
局所ジストニアには、字を書くときに手がこわばる書痙、楽器を演奏するときに指や手首が曲がったり、伸びたり、こわばったりする音楽家ジストニアなどがあります。
音楽家(あらゆる楽器で発症します)以外には、美容師、大工、漫画家、歯医者、時計修理士など多種多彩です。
機能神経外科 ジストニア
東京女子医科大学脳神経外科、機能神経外科では、手の局所性ジストニアの治療が可能で、それによって完治した音楽家も存在します。しかし、基本的には原因や治療法が分かりきっていないのが現状です。
ドラマーに関しては、右足に発症する人が多く、今では効果的な治療が困難です。ドラムの配置を変えて続ける人や、全く違うキャリアを歩む人、軽度であれば十分休みながら、そのまま続ける人など様々です。
著名ドラマーの実例
RADWIMPS 山口智史 氏
引用元:こちら
2009年のイルトコロニーTOURのライブ中、バスドラムを鳴らす右足が、本人の意思とは異なり、動かせなくなる瞬間がありました。のちに判明しますが、これはフォーカル・ジストニアと呼ばれる神経性の症状で、鍛錬を要する職業の方が稀に発症するものです。(中略)
音楽家は、時に複雑な動作をハイスピードで繰り返すことを要求される、繊細な職業です。極度に集中したトレーニングを長期間続けた結果、楽器を前にすると脳がストレスや緊張で過敏に反応してしまい、エラーを引き起こすのが原因ではないかと考えられています。
山口はリハビリを続け、回復や悪化を繰り返しながら、今までツアーやレコーディングをおこなってきました。しかしこの夏、症状は突然悪化し、「もうステージには立てない」と申し出がありました。
それを受けて、「ライブ中にドラムが止まっても、自分達は演奏を止めない。安心して叩いて欲しい」という言葉をかけ続けました。実際、過去のライブ中にバスドラムが途切れた時、メンバー全員がドラムセットに駆け寄り、「大丈夫!」と山口に笑顔を向けたことも何度もありました。
[Alexandros] 庄村聡泰 氏
引用元:こちら
お休みを頂いてから、症状、並びにドラムと言う楽器と対峙するに充分な時間を頂戴する中に於いて、やれる限りの治療と思い付く限りの処置やリハビリ、勿論演奏も、試みておりました。
しかし、演奏面については残念ながら現在まで目覚ましい効果を実感できる事例や療法は見つかっておらず、腰の状態も含め日常生活は元気に送る事ができているのにドラムだけが上手く叩けない、と言う事実のみが残ってしまいました。
具体的に申し上げますと現在、10分弱の演奏で自分の右脚は上手く動かなくなります。
痛みは全くないのですが無意識下の震えや痺れ、痙攣や麻痺、言葉ではなかなか伝え辛いのですが時間の経過に伴って頭と脚が上手く連動できなくなり、頭で思う動きを脚は聞いてくれない。まるで脳からの命令、通達を脚が拒否しているかの様に、上手く動かす事ができなくなってしまいます。
Bruno Mars/Lady Gaga他 Homer Steinweiss(ホーマースタインワイス)氏
引用元:
こちら
長い間、私は典型的な右利きの構造で、3部構成のセットを演奏していました。ある時、私の右足は「限局性ジストニア」と呼ばれる神経学的症状を発症しました。これは、ドラムを演奏してから10~15年たった頃発生しました。右足で思い通りにベースドラムを弾けませんでした。
最初はプロのドラム演奏をやめないといけないと思っていたのですが、左足でベースドラムを演奏することになりました。それはかなり良い解決策でした。障害が発生してから最初の2年間は、左足でダブルペダルを使ってベースドラムを演奏しました。私はハイハットをクラッチで完全に閉じたままにし、右足をまったく使用しませんでした。
2年後、私の右足は少なくともハイハットを開閉するのに十分なほど回復しました。ただバスドラムとハイハットを交換しただけで、フロアタムとラックタムは右利き用の位置が気に入っています。それがとても奇妙に見える理由です。(笑)左足はベースドラムに向いており、右足はハイハットで問題ありません。しかし、右足でベースドラムを演奏すると、10分以内に神経機能障害が再発します。だから今も、セットアップはこのままです。

引用元:bonedo.de “Interview und Gear Chat: Homer Steinweiss”
氣志團 白鳥雪之丞 氏
数年前から叩き方のフォームがおかしいと注意を受ける事があり、自分でも若干の自覚はあったのだけど、その頃プレイの事で悩んでいたので、余計にこんがらがってしまいました。
そして昨年のツアー中に筋肉を断裂。
原因を究明したところ、「職業性ジストニア」である事が発覚しました。
簡単に言うと、自分がやろうと思っている行動を、体が嫌がる病気です。
この病気はまだまだ解明されていない事が多く、完全なる治療法というものがないそうです。治る人もいるし、治らない人もいる。
ただ、とりあえずはその職業、つまりドラムからは離れた方が良いというお話を頂いたので、昨年いっぱい、ステージはお休みさせて頂きました。
ですが現在、正直に言って、症状は変わらないままです。
色々な治療法を試しているのだけど、今回のツアーには間に合いませんでした。
ZEPPET STORE YA/NA 氏
引退の理由は、今年の夏に局所性ジストニアという症状であることを医師から診断され、治療を断念したからです。
この症状は、普段の生活では痛みも苦しみも無く普通に過ごせるのですが、ドラムを叩くときに限り、ペダルを思うように踏めずプレイに支障をきたす、神経のバグのような現象になります。
これは、ZEPPET STOREが再結成した頃にはすでに患っていた症状で、それに気づかず、ずっとキックのコントロールに悩み続けながら、常に模索したり葛藤しながら試行錯誤して向き合っていました。
打つ手立ても無くなり、やれる限りをやり尽くして、ずっと引退も意識してましたが、(中略)それでもドラムをやっている以上は食らいついて、オーディエンスには楽しんでもらいたい、メンバーには迷惑をかけたくないという一心でした。
しかし、今年の頭にジストニアという病名を知ってから、全てに合点がいき納得し、悩んでいた見えない苦悩から解き放たれて、とても気持ちが楽になりましたし、これからは意のままにならないドラミングと格闘をしなくて済むんだなと、少し救われたのも本音です。
まとめ
このように、大きな規模で活動する著名なプロドラマーは、かかるプレッシャーも相当のものになるはずです。
大勢がお金を払っているライブで、ミスは許されない。ドラムがどの瞬間も正確に演奏しなければ良い演奏にはならない。もし何かを間違えて、何万人もの前で演奏が止まってしまったら、、、
より良くするために、不安をなくすために、何時間も徹底的に練習する。何年も、毎日のようにこれを繰り返す。ジストニアは、そのような強いプレッシャー下での演奏によって引き起こされると考えられています。
それを裏付けるように、ただ単に演奏を模した動作(机の上を叩くとか、床で足踏みする)では、問題なく動かすことができる現象も確認されています。
初めの一歩
ではストレスを減らしましょうとか、真面目にやりすぎないようにしましょう。なんてことはできません。
私たちがまずできることは、「休むこと」にもっと意識高く取り組むことです。
体を壊すまで練習に打ち込んでしまう人は、自分に負担がかかっていることに気づいていません。そのため、無条件に休むことをルールとして組み込むことでしか、自分を守る方法はありません。
その具体的な方法をこちらの記事にまとめていますので、参照してみてください。
健康を極めずに上達を極めることはできません。そして上達しても、体を壊しては元も子もありません。健康第一という一言に尽きます。